正面階段

コンデ領地18世紀のテリア猟犬。

18世紀にセルヴァンドーニにより造られた正面階段は、絵画で装飾された踊り場へとつなり、そこにはヴェルサイユでかの有名なヘラクレスの間の天井と平和の間のマントルピース上の絵を手掛けたフランソワ・ルモワンの夏と秋をモチーフとした装飾画があります。

壁にはコワペル作とされる二つの寓意画、現オーナー祖先で、スペイン王位継承戦役で殺害された三人の若き息子たちがいたルイ十四世下のレンヌポン元帥とその妻ショワズルの肖像画が見えます。

セルヴァンドーニの間

セルヴァンドーニのトロンプ・ロイユ(だまし絵)による特別な一室。 彫刻家で建築家でもあったこのイタリアの芸術家はここで舞台の室内装飾家として活躍しました。彼の絵幕は壁から数センチメートルの所に張られています。 これは彼の分野ではユニークな作品です。 天井の同じくトロンプ・ロイユは漆喰装飾。 セルヴァンドーニは主題としてヴェルサイユ宮殿庭園用に製作されたジラルドンの彫刻を再現しています。 マントルピース上はプロセルピンの掠奪、その正面はアポロンの水浴、四つの壁面のくぼみには当時代に知られていた四大陸が見られます。 その他の装飾画はパラッツォ・ファルネーゼ、現在のローマフランス大使館にあるカラッチ兄弟の絵を模写したものです。

 

 

ヴァトーのアトリエ

 

この控えの間はヴァトーとその弟子たち、 パテル、ランクレ、 ボナヴァンテュール・ド・バールのアトリエに使用されました。 壁の絵はこの地方の景色を描いたもので、時おり絵が重なっていますが、これらは単にエチュードで、おそらく一部はヴァトー自身によって描かれたものと思われます。 サヴォア公爵、ラ・ファイ侯爵、ヴェリュ伯爵たちは芸術の大擁護者だったのですが、まさに彼らがヴァトーを有名にしたのです。 扉上には三人の画家により神話の場面が描かれています。

 

 

西翼面

 

段の磨減がうかがえるルネッサンス階段。

16世紀、この翼館には間仕切りの壁が一つもなく、コンデ公爵はここにプロテスタントを集めたのでした。 柏の長い梁が当時の塗装を現在まで保っています。 サヴォア家が17世紀にこの翼館を改造し、装飾しました。 入るとすぐにサヴォア家の痕跡を残すモーリエンの十字架がうかがえ、ここには回廊と控えの間をニ、三室備えた三つの部屋を作るため、仕切りが加えられました。

 

 

狩人の部屋

 

マントルピースと扉上はヴァトーとその弟子たちによるもの。 壁には18世紀の絵から模写されたチンツの陶器が見え、そのオリジナルはルーヴル美術館にあります。 18世紀の大理石プレーテーブル上には、ラ・ファイ侯爵とその弟ジャン=エリーの肖像画の複製。 窓の前には「旅の床屋」、めずらしい男性用の化粧台があり、これは 鏡も入り両側が折りたため、取っ手とキャスターで旅行の際も身づくろいに必要な物を備えて容易に移動が可能なものです。 洗面台、水差し、小瓶などそれぞれがその場所に備えてあります。カードとさいころ遊び用のテーブル、またゲームを見るための「覗き」椅子もあります。

 

 

音楽家の部屋

 

マントルピース上はランクレ作。ラ・ファイ侯爵により注文された稽古の絵。 扉上は1986年部屋の改修時に発見されたもの。 何十にも重なる壁紙の下には共和暦3年ぶどう月(179410)13日の「討論新聞」が見つかりました。革命中作られた10の引き出し(革命時暦で一週間が10日だった)付きの家具。 ミニ洗面台とバックが開いて産着の上から素早く着れる綺麗な洋服、 「産着隠し」が付いた乳児丈の椅子。 ベビーケースは 鏡のタイルから乳児を保護する奥付きの小さな椅子。車輪も付いて母親や乳母が危険から守るため乳児を置くのに最適とされた椅子です。

礼拝堂部屋

マントルピース上はヴァトーとその弟子たちによる作。下部は元のままですが、上方部は殆ど残っていなかったのものを修復したものです。 マントルピース上にあるのは仕掛けが見えるので「骨格」と呼ばれた18世紀の振子時計。 必要なもの全てを持って行くのに「荷物をまとめれば」いいだけの厚さ10センチの旅行用書斎机。

 

 

礼拝堂

 

この礼拝堂は18世紀に塔の螺旋階段を取り壊し建てられたものです。 痛みが激しく、1993年に修復されました。壁にあるのは12世紀からのコンデ貴族の全ての紋章があるモーニング・バンドです。 祭壇の左右はアンリと聖アルフォンスのステンドグラス。 祭壇では数々の祈祷の中、ブルボン・ヴァンドーム枢機卿による祈祷もあげられました。ルネッサンス階段へ戻る所には、17世紀後半の「トロンプ・ロイユ」の見事なフレスコ画。

 

 

オランプの部屋 

 

壁の厚さ2メートルの以前の塔跡に位置する部屋。マントルピース上には ラ・フォンテーヌの小話『子牛を失くした村人』を描いたランクレによる絵があります。 マンキニの三人娘、オルテンス、オランプとマリー=アンの肖像画。 現オーナー祖先の二つの肖像画も見えます。 大型の安楽椅子と隙間風よけのカバーが付いている18世紀の長椅子。 大型椅子の下にはお湯を入れる足温器があります。

 

控えの間 

 

子供の玩具  女の子用の籠、二人の男の子がそれを持って「宮廷ごっこ」をしたのでしょう。 

 

リシュリューの部屋 

 

この部屋はシャトー・ティエリで騒音に不平をこぼしていた枢機卿のために、ルイ13世が特別に作らせたものです。 ここからは今日でも静かなシャンパーニュ地方の丘を一望することができます。 リシュリューはまさにここで若きマザランに出会ったのです。 ルイ13世のベッド。 書斎上には手温器とその下には炭火で温める足温器があり、その横に床が焼けた跡がうかがえます。 そのおよそ100年後、この部屋に住み、ブロンズ像のコレクションを誇るラ・ファイ侯爵は、そのコレクションの一つ「ペルセウスとアンドロメダ」をセルヴァンドーニに描かせました。 

 

書斎 

 

柏材の木工細工、ヴェルサイユの寄木張りの板、芸術をシンボルとして楕円形の額にはめ込まれた古い絵画が施された小さな書斎棚。この書斎室は読書用の小部屋といったところで、ここからは隠し戸を通り司書部屋と大広間の上にある大図書室へとつながっています。 古文書と秘密はその最後の部屋に保存したのです。 

 

大広間

 

この広間全体の装飾はルイ15世の狩の公式絵描きだったジャン=バティスト・ウードリによってなされました。 狩からの帰還が三枚と、漁からの帰還の絵が一枚。単色画法で描かれた三匹の子犬。 トロンプ・ロイユの柏の葉模様をともなった細工や狩と漁の象徴もおなじくウードリ作のものです。 名前が見分けられる犬の絵、ジェルサンにより描かれた貝殻など、各絵の見事な詳細はそれぞれ重要な意味を持っています。 ここで犬には首輪が無いことに気付かれると思います。噂によると、ウードリは犬を描く時決して首輪を描かなかった言われ、逆に弟子に首輪をはめさせたと言われています。銃はコレクション物、あるいは最新のものです。入り口とマントルピースの上方は後に描かれたもので、同じものがカラーで存在します。(有名な猟犬とその子犬はパリの狩猟自然美術館、テッサンの犬はストックホルム、スウェーデン大使館に、そして獲物をくわえた犬はパリのジャックマール=アンドレ美術館にそれぞれあります) 北側の各窓にある二枚の絵も同じくウードリ作。

鏡の裏から1991年、改修中に完全な状態で見事な絵が偶然発見されました。 人物の一人の足元に「W」という字が見えます。 その描かれた主題の謎は数年後、『ガルブ王の婚約者』を扱ったものだと分かりました。これはラ・フォンテーヌによって書かれた小話で、絵ではその秘密の一部だけしか明らかにされていません。

 

 

食堂

 

フランスで最初に作られた食堂サロンの一つです。 壁面のくぼみにあるトロンプ・ロイユはセルヴァンドーニによる漆喰装飾。その壁龕の一つにはプロシアの18世紀のストーブが置いてあり、他所には以前、グラスを濯ぐ水場が置かれていました(当時、廊下に貯水場がありました)が、音が耳障りと早急に取り壊され台所が造られました。 「ヴェヌスと薔薇」のブロンズ像はファルコネ作。 窓には東インド会社が輸入した陶器やデルフト焼きの花瓶があります。

床のタイルに見える印はブルボン家時代の百合の花です。

扉上方は19世紀初期のイタリアの湖を描いたもの。

壁には二つの神話場面。フランソワ・ルモワンとその弟子たちによる作品で、弟子の中には若きフランソワ・ブーシェがいました。

 

 

ルネッサンス回廊

 

回廊は初代コンデ家公爵(15191596)とその妻エレオノール・ド・ロイ、そして息子で二代目コンデ家のアンリ公爵の肖像画で飾られています。 公爵夫人の部屋へとつながる扉の上方には、 母親マリー・ド・ルクセンブルグの説得でこの城をルネサンス様式に成し遂げた、ブルボン・ヴァンドーム枢機卿の紋章があります。 彼はアントワーヌ・ド・ナヴァール(アンリ四世の父)とコンデ初代公爵の叔父であり、後見人でした。